60日に1回やってくる「己巳の日」は、弁財天様のご縁日です。

弁財天様にゆかりのある神社は、この日に特別なことをしている場合があります。市が立っていたり、特別な御朱印がいただけたりと。

それでなくても各地の銭洗弁財天は、巳の日には、参拝客が多いのです。

弁財天様の頭には蛇が乗っているのをみかけることがありますが、弁財天様の使者が蛇なのです。

弁財天様は水の神様として、湖や池の近くに祀られていることが多いです(各地に弁天池とか弁天島という地名あり)。

 

弁財天様が祀られている場所には「水」と関係があるなと見直してみるとなるほどと思うはずです。

 

弁財天様は、元は弁天様とか、弁才天様といわれていたのですが、時代を経て財宝を与えてくれる神様、財宝神として弁財天様と呼ばれるようになりました。

 

中には、白蛇信仰にも結びついています。

ここ、旧蛇窪村の蛇窪神社は、天祖神社とも言いますが、蛇窪神社のほうが名前が知られています。

上野の不忍池の巳成金の弁財天様もかなりの人出がありますが、ここ蛇窪神社も弁財天様のご縁日、己巳の日には「へびくぼ市」も旧蛇窪村の商店街を中心に行われ、神社は参拝客で溢れます。

 

弁財天様と蛇(白蛇)ですから巳の日も縁日なのでしょうが、特に己巳の日がご縁日とされています。

「甲乙丙丁戊己庚辛壬癸」と「子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥」の組み合わせで、6番目の「己巳」は金運アップの縁起の良い日と昔からいわれていたのも、この弁財天様のご縁日だからです。

 

中でもこちらの蛇窪神社では、白蛇を祀る神社として、口コミを中心に知られるようになりました。

今回は、蛇窪神社のことだけでなく、「へびくぼ市」の話や、この己巳の日だけいただけるご近所の神社についてもご紹介します。



蛇窪神社の最寄り駅は別かもしれないが戸越公園駅からがわかりやすい

 

旧蛇窪村にあったから古くは蛇窪神社として名前が知られていた上神明天祖神社ですが、正式名称よりもやはり蛇窪の名前のほうが知名度が高かったようですね。

令和元年からは「蛇窪」のほうは通称表記に格上げとなったようです。令和の時代とともに、変更です。

 

蛇窪神社のサイトによると

令和元年5月1日より、御大典を記念し、また、地域の発展を祈念して、神社名の問い合わせの多い別称「蛇窪神社」を通称表記に格上げ

別称が通称表記に格上げとなりました。

 

西大井駅や中延駅も使えるのですが、できれば、戸越公園駅(旧名を蛇窪駅)から行くとわかりやすいですし、商店街を通って行けます。

 

他の駅、例えば都営浅草線の中延駅から5分、東急大井町線の中延駅から6分、JR横須賀線の西大井駅からは徒歩8分となっています。それに対して、戸越公園駅からは徒歩12分となっています。どちらからもスマホのグーグルマップを使うとわかりますよ。

 

戸越公園駅からのルートは、「開運コース」と呼ばれています。

それと、この己巳の日のご縁日に限って、特別に御朱印がいただける神社が途中にあるため、戸越公園駅からのルートをおすすめする次第です。

それは、豊川稲荷と大原不動尊です。

 

いつもは御朱印のための人がいないのですが、この日だけ特別に御朱印がいただけます。少し豊川稲荷の場所がわかりにくいのですが、戸越公園駅から一番近いのが豊川稲荷です。

 

その後の追記です。

地図

公式マップに地図が乗っていたので、その部分を載せておきました。

スタンプラリーでスタンプを集めると、白蛇脱皮お守りが当たりますよ!

 

戸越公園駅を降りたら、商店街を目指します。目標にするのはマクドナルドとローソン(スリーエフ)です。

その先に豊川稲荷があります。ビルとビルの谷間にある神社です。

 

フィンフという美容院の手前に細い脇道があります。赤い旗に商売繁盛の豊川稲荷吒枳尼真天(だきにてん)の文字が見えます。この赤いのぼり旗を目標にします。

駅から歩いてその赤いのぼり旗を見たら、そこを右に曲がります。数メートル歩くとまたもや赤いのぼり旗が見えますので、そこをまた右に曲がるとビルの谷間に豊川稲荷があるのがわかります。

 

私も少し行き過ぎたのですが、赤いのぼり旗の場所に戻って右側をみたら発見した次第。

「赤いのぼり旗」を見つけたら、角を曲がると思っていれば到着します。

 

私は、己巳の日以外は行ったことがないのですが、いつもは参拝できるのかわからないくらいビルとビルの谷間の目立たない場所にあります。

 

豊川稲荷東京別院の御分社にて己巳の日限定の御朱印をいただく

おそらくいつもは地元の人しか参拝しないのでは、と思うくらいの場所にあります。

しかし、このへびくぼ市の日は、脇に御朱印を渡していただける人がいますので、代金を払って書き置きの御朱印(一枚和紙)をいただくことになります。

数がなくなり次第終了とのことですが、私は午後2時過ぎくらいに行ったと思いますが、まだありました。

時間は、9時30分から15時までとなっています。

ただし、一人一枚限りになりますから、誰かの分をいただくことはできません。

 

 

ここの豊川稲荷は、豊川稲荷東京別院の御分社になります。江戸時代には、大岡越前守が信仰していたという豊川稲荷のご分霊になります。

商売繁盛が有名ですが、家内安全、福徳開運のほかに「悪縁切り」のご利益があるそうですよ。

縁切りしたい人は、ぜひどうぞ(笑)。

戸越公園駅前南口商店街をさらに、蛇窪神社に向かって歩いていきます。

 

大原不動尊は交番のすぐ裏手にあり

戸越公園駅前通りには、このような巫女さんのお人形も飾ってあります。

大原不動尊のほうは、まだわかりやすい場所にあります。

場所は、品川区豊町5-1-15です。

交番のすぐ裏手にあります。


ここでも己巳の日限定の御朱印をいただけます。

ここの御朱印は、アニメ好きの人ならキャラクターの絵入りの御朱印なのできっと欲しくなるはず。

 

 

小さいながらも、手水舎もあります。

江戸元禄時代に修行者によって上総の国、大原からこの地に運ばれ、途中で動かなくなりやむなくこの地に祀られたために、「大原不動尊」と呼ばれているのだそうですよ。

 

不動尊とは、動かなくなったということですか。

こちらも己巳の日限定で時間は、9時30分から15時までとなっています。

一人一枚限りの書き置きタイプの御朱印です。

 

ここの大原不動尊は驚きのご利益です。

なんと「イボ取り」不動とも呼ばれて、いぼ痔にいいのだとか。

その他にも安産のご利益もあります。さらには、癌封じ、ボケ封じなどの御神徳もあるのだそうです。

これは、まさしく長寿の時代だからこそです。

それと、賭け事のお願いも聞いてくれるそうで、まさに八面六臂の活躍、というかご利益です。

一部には、「博打不動」とも呼ばれているとか。

う~ん、いったい何をお願いしたらいいのだろう。

その後は、グーグルマップをみながら、蛇窪神社へと歩いていきます。



蛇窪神社(正式名称は上神明天祖神社)は仮の鳥居が真新しい

蛇窪神社の入口の鳥居のそばには、社標があって、「村社 天祖神社」となっています。

蛇窪村の鎮守の社だったのでしょう。

今の二葉、戸越、豊町、西大井の一部は江戸時代初期まで蛇窪村と呼ばれていたそうです。

鎌倉時代に、この地にいたとされる「白蛇」が夢枕に現れてお告げにより弁天社ができたという伝説が残っているわけですから歴史は古いですね。古社のひとつです。

 

戸越公園駅も1936年1月に蛇窪駅から改名したそうです。その頃に生まれた人も80歳を超えるわけですから知っている人も減りますね。

以前は駅周辺は、上蛇窪、下蛇窪という地名だったそうなのです。

 

それでもこうやって、「へびくぼ市」を開いて、蛇窪神社という呼び名も残っているわけです。

昔むかし白蛇が住んでいた、と伝わるのが、社殿南側の消防団詰所付近とのことです。

それが白蛇が住む場所に「水」が無くなって、別の場所に移り住むようになったけれど、元の場所に移してほしいと夢枕に立って、それが縁で弁財天様や白蛇様が祀られているだとか。

蛇窪神社のサイトによると、

「元亨2年(西暦1322年)に武蔵の国を救った雨乞いの断食祈願に感謝をして建立された神社」とのこと。

 

御朱印や夢巳札を買い求める気持ちははやりますが、まずは、参拝です。

この日は、鳥居のところに人が立っていて、行列の並び方など書いた紙を配りますので、それに従います。

 

なお、鳥居を入って、すぐ左手には「遙拝所」も設けられています。行列に並ぶ時間がない人は、そこの御朱印帳を預けるようです。

 

一旦は、遙拝所で参拝できるのですね。後日、御朱印帳を取りにくることになるのだと思います。

 

私が行ったのが、午後2時ころだったためなのか、雨の日だったためなのか、それほどの行列にはなっていませんでした。

10分か、15分くらい待てばすぐに参拝できました。

かえって、御朱印をいただく列や御守を買う列のほうが長かったくらいです。

 

己巳の日は大混雑と聞いていたが(予定は9時から18時まで)

この縁日にご祈祷する人もいるようでした。

受付開始前に並ぶとしたら、午前8時からとのことです。

何回も並ばないようにと書いてありました。

 

あまりにも参列が長くなったら、整理券を配るとのことでしたが、時間によるのでしょうか。

かえって朝早い時間帯のほうが長い列なのかもしれません。

それでも遅ければ遅いほうがいいのかというと、終了予定時間の午後6時ころでは今の時期は真っ暗になりますし、夢巳札も無くなってしまっているかもしれませんから、あまりに遅い時間帯に行くのもどうかと思いますよ。

 

拝殿の右脇には、ご神木と土搗石(づつき石)

土搗石の説明を読める範囲で書いてみます。

「この土搗石は江戸時代より武蔵国荏原群上蛇窪村に伝わる石で村内で住居、納屋などの普請がある度に、村人が交代で手伝い歌を歌いながら、敷地を固めた石で(別名をオカメサン)大正7年ごろまで使用されました」

社宝として置いてあるようです。

 

その先には、撫で白蛇が祀られていました。

先に、弁天様、白蛇様、龍神様に参拝します。その後に撫でさせていただきました。

まわりには白蛇の置物が。御守のところで売っていた白蛇の置物でしょうね。

願い事が叶うように置かれているのかな。

 

撫で白蛇と弁天社

 

撫で白蛇のほうにも蛇の好物とされる「卵」がお供えされていましたよ。

やはり、蛇にまつわる場所ですので、池がありました。

 

厳島弁財天大神と書かれていました。蛇窪神社のサイトによると、「安芸の宮島厳島神社の御分霊である弁財天」とのことです。

ここが弁天社の祠ですね。白蛇様が夢枕に立ちそうな雰囲気です。

 

参拝が済んだら、次は御守や巳くじ、御朱印の列に並びます。

途中には、美人水なるものも置かれていました。

ちょうど、喉が乾いていたので、100円を入れて紙コップ1杯の水を飲み干しました。

美人水といいますが、御神水です。

美人になれるかな?

悩ましいのは、お守りですね。

どれを選んだらいいのやら。

巳くじも引いてみましたよ。

定番の夢巳札を買うことにしました。

それと龍神様のお願いごとを書く紙も。

待っている間も、地元の人でしょうか、マイクで説明がありまして、なかなかいいことを言っていました。

お坊さんのありがたいお話みたいな感じの話です。それを聞いているだけでも列に並んだかいがあります。

(蛇は水に縁があるとか、昔は龍神様に雨乞いしたとか)

サックスを吹く人もいまして、待ち時間も苦痛ではありませんでした。

 

私が行った時は、11月で大嘗祭の御朱印もいただけるとのことだったのですが、当日行ってみたら、この3種類と、己巳の日限定の御朱印しか書いてありませんでした。

大嘗祭の特別な御朱印がいただきたかったので残念です。

(しかし、その後に同じ日に行った人の中には、大嘗祭の特別な御朱印をいただいたというのをツイッターで見たので、もしかしたら、私の直前くらいで終わりになったのかもしれません)。

 

その他にも、1月限定、4月限定、9月限定の御朱印もあるそうです。

1月なんかは、金銀の印が押されて縁起がよさそうですね。1月にも参拝しようかしら。

4月は4月で、弁天社の例祭ということで、桜にまつわる御朱印です。

八重桜と枝垂れ桜も見たいですね。

私は、白蛇が描いてある御朱印帳も一緒に買っておきました。

 

蛇窪神社の御朱印帳

 

己巳の日は、御朱印帳はひとり1冊のみになります。

 

夢巳札は、巳の日と己巳の日に限定数ありで頒布

これが有名な「夢巳札」の説明です。

この夢巳札、白蛇様が地元の人の夢枕に立ってそのお告げでここに弁天社を建てたからでしょうか、「夢」の文字があります。

白蛇は、天然記念物ということは、知っていましたが、山口県の「岩国のしろへび」の脱皮を神社の祠で祈願したお守りだとか。

やはり、ここにも「夢枕に現れたお告げ」のことが書いてありました。

 

夢巳札

家に帰ってから夢巳札を見てみましたが、白蛇の頭のような形でした。脱皮した後の蛇の抜け殻です。

 

稲荷社は京都の伏見稲荷の御分霊

最後に、鳥居のほうに戻りまして、お稲荷様に参拝です。

こちらのお稲荷様は、京都にある伏見稲荷大社の御分霊をお祀りしているそうです。

京都まで行かなくても伏見稲荷に参拝です。

こちらも武蔵の国を救った雨乞いの断食祈願によりお祀りされています。

蛇窪神社の神社のサイトによると、「明治12年の神社明細帳にその名が見られる事から、相当古くから祀られていることは確かです」とのこと。

お稲荷様ですから、商売繁盛、家内安全ですね。



荏原七福神の弁財天様でもあります

 

独特な丸い絵馬が掲げられていました。

周りを白蛇で囲っていて、そこに願い事を書くようになっていました。

この丸い絵馬のほかにも普通によくみるタイプの絵馬も掲げてありました。ちょっと見たらアニメのキャラクターか?と思ったら、荏原七福神の絵馬もあるのですね。

荏原七福神としては、蛇窪神社は弁財天様になりますね。

七福神めぐりはいくつか回ったことがありますが、今度は荏原七福神に候補に入れておこうと思いましたよ。ちょっと遠出になりそうですが。

 

>>開運「白蛇財布」