ここから入る人が多いのか、少ないのかわかりませんが、路地裏にあった居木神社の表参道です。ニュー大崎ビルの中を通るとこちらから入れるそうです。

私は自動車が通る道のほうを歩いてしまいましたが、表参道はけっこう細道だったことがわかりました。

居木神社自体は、大崎駅からすぐ近くにありますから、わかりやすいです。

東急池上線の大崎広小路駅からもいけます。

正面の参道には、居木神社参道と書かれた石碑があります。

 


表参道が路地裏の細道だけど長かった

ということで、脇のほうから入ったようなのですが、居木神社に参拝しました。

重厚な作りの石の鳥居です。

居木神社は最近は、御朱印の種類が多いので人気のある神社です。

私が行った時もけっこう種類がありました。建国記念の日や、天皇誕生日などの御朱印です。

限定御朱印もいくつか出ています。

 

居木神社の御朱印だけでなく、厳島神社の御朱印もありました。

居木神社末社として書かれていていました。

この境内末社である厳島神社は品川区指定有形文化財に指定されていました。

品川区のホームページによると、

元は旧居木橋村の大地主・松原家の屋敷神。精緻な彫刻に彩色が施され、江戸時代後期の建造と推定される。一部欠損箇所もあり、明治前期に部分的な補修を受けたとも思われるが、概ね保存状態もよい。

もともとは、大地主の屋敷にあったお社だったようです。それを居木神社が引き取ったそうです。

彩色を施した江戸時代の社殿は品川区内でも他にないといわれ、それもあって指定有形文化財になっているようでした。

 

居木神社の主祭神は日本武尊(ヤマトタケルノミコト)です。

創建年代は不詳とのことですが、もともとは居木橋村に位置していたとのこと。

江戸時代初期に、度重なる目黒川の水害を避けるため、現在の場所に移ってきたそうです。

明治5年に居木神社と社号を改めたそうです。

社殿は昭和5年に改築され、戦争中に戦火で焼失。その後、再建となりました。

境内には江戸時代の石造物がいくつか残っています。

正面参道の石造鳥居と参道脇の手水鉢は寛政4年(1792)のものだそうです。


居木橋遺跡もあり




昭和8年の遷宮記念の石碑も見えます。ここの移ってきたときの記念に建てられたのでしょう。

 

拝殿前の石段の横には溶岩積による富士塚があり、昭和8年に溶岩で築かれたものです。

しながわ百景には、居木神社と居木橋貝塚が入っていました。

居木橋貝塚は、

「居木橋遺跡は、居木神社の南方に位置する台地上にあり、縄文時代前期の貝塚を伴う遺跡で、竪穴式住居も多数確認されています」

 

この遺跡で発見されたものは、「縄文土器 打斧 磨斧 石皿 耳飾 石棒 骨角」などです。

ここの貝塚では海でとれるものの他に、陸で取れるヒダリマキマイマイも発見され、注目されたそうです。

 

文化財も多い居木神社


貝塚もあるくらいですから、古くからある土地に神社が建っています。

この付近は、古くからある台地だったのですね。

厳島神社の文化財は一般公開された時には記念する特別御朱印も出ました。

現在の社殿は、真新しいものです。

 



社殿脇の社務所も新しく、立派なものでした。

 



居木囃子の提灯がみえました。

8月の例大祭の時にお囃子が披露されるそうです。

 



境内には他に、江戸・東京の農業として、江戸時代から明治中頃までこの居木橋一帯、荏原郡大崎村の特産品だった「居留木橋かぼちゃ」の標識があります。

 

江戸時代初めに沢庵和尚が上方から種を取り寄せ、当時の居木橋村名主である松原庄左衛門にかぼちゃを栽培させたのが始まりという伝承があるそうです。

海岸に近く気候温暖で、甘みのあるカボチャだったようです。

 


近くにあった観音寺


居木神社のすぐ隣には、観音寺がありました。

結構古くからある神社のそばには、お寺があることが多いです。
昔は一体となっていたのかもしれませんね。