前回は、川口市内の神社による勾玉巡りの話を書きました。九社による勾玉のような形で川口市内の神社を巡るという勾玉巡りです。
その九社のひとつがこちらの九重神社です。
安行桜で有名な安行支所のバス停から歩いて行きました。
以前に書いた密蔵院の近くになります。
密蔵院へは何度も行っていたのに、九重神社に行ったことがなかったのですよね。
川口市内の御朱印では九重神社が有名と聞いたのですが、なぜか行っていなかったという灯台下暗しでしょうか。
上の写真にもあるように、九重神社には坂の上に、駐車場はあるようでしたが、4台までしか止められないので、なるべくバスで行くのがいいかと思います。人気の御朱印を待つ人も多いので、平日の夕方とかならともかく、おそらく駐車できないかなと思ったので。
九重神社のサイトには、「安行のひかわさま」と書いてあるのですが、上の写真を見てわかるように、九重神社の隣に(氷川神社)と書いてあります。
もともとは、九重神社は「ひかわさま」と呼ばれていた神社だったそうですが、近隣のいくつかの神社を合祀した時に、「九重神社」となったのだそうです。昔を知る人には「ひかわさま」なのでしょう。
三ッ和氷川神社が兼務社となっていることも関係しているのかもしれませんね。
前回も勾玉巡りのところで、参加している神社に「氷川神社」が多いと書きましたが、九重神社も氷川神社としてここに含めるとしたら、やはり多いなと思ってしまいます。川口市内は氷川神社が多い土地だと思います。
目次
九重神社に子年の初子の日に行って御朱印をいだだきました
私は、12時半ころ(御朱印は、13時から)に到着して午後1番に行ったことになるのですが、誰もまだ来ていなかったので参拝も済ませて、写真を撮ったりしながら社務所付近でウロウロしていました。
しかし、社務所の前に並んだのは男性が早かったので、お先にどうぞと言いましたら、自分は書き置きのみなのですぐに終わるからと、いうことで並んだのは2番目なのですが、実質、私が「御朱印番号札の1番」となりました。
スダジイも「ナンバーワンじゃいいことありそうじゃのう」と言ってくれてます。
書き置きの特別御朱印の初子の日、「子の日」の書き置きの御朱印と、人日の節句(七草粥の日)の御朱印を先にいただきまして、スダジイの御朱印の出来上がりを待ちました。
私は、子の日の御朱印があるとは知らなかったのですが、これは子年だからなのか、初子の日だったからなのか?
いずれにせよ、かわいい御朱印なので、いただくことにしました。
人日の節句の御朱印は、七草粥の当日なら、書き入れいただけたのかもしれませんが、私が行ったのが初子の日だったので、書き置きです。
九重神社の駐車場は坂の上にあるというが止められる台数が少ない
先程も書きましたが、車で来るのが便利な場所でしょうが、駐車場スペースが限られているので、車で来たと思われる人は、鳥居の横の坂から上がって止めたようです。
私はバスを使って行ったので、よくわかりませんが。
その坂道のすぐ隣に、このように鳥居があります。
しめ縄も太いですね。
鳥居の先にも階段がありまして、高台にある神社だとわかります。
「大宮台地の先端部に位置し、久保山と呼ばれる丘に鎮座」と書いてありました。
縁起によると、この久保山は、その昔、平将門が砦を築いたという言い伝えがあるように、周囲の村々がよく見渡せ、当社境内の御嶽山に登れば筑波山や日光連山を一望できる」とあります。
樹齢五百年以上のスダジイの大木が二本あり、川口市の指定天然記念物になっているそうです。
こじんまりとした社殿に大きなスダジイの木
スダジイの木については、犬吠埼の先の外川駅を散策した時に行ってみた神社の鬱蒼とした木々のことを学んだ時に、知りました。
成長すると大木になって、まるで大きなブロッコリーのような形になるという木です。
九重神社の御朱印にもスダジイは登場します。九重神社の御神木ですからね。
御神木御朱印です。
その御神木の御朱印が人気で、季節によって木の色が変わってくるので集めている人も多いのです。
私が御朱印で並んでいる時に話をした人も集めていると言っていました。
特に、ここ川口は安行桜で知られていますから、安行桜が書かれた御神木御朱印は人気のようでした。
ソメイヨシノの開花までいただけるとのこと。
私もせっかくなので、通常の御神木御朱印(緑色のスダジイのもの)をまずはいただくことにしました。
冬の御神木御朱印もあったのですが、まずは、スタンダードな御朱印からだろうなと思ったからです。
これとは別に、擬人化された「スダジイ御朱印」もあるようでしたよ。
さて、こじんまりとしたした九重神社ですが、御神木は大きなスダジイですし、拝殿の裏側に御嶽山があるのですが、これについてはまた後ほど。
なにわともあれ、まずは参拝してからです。
先程も書いたように、まだ誰も来ていません。
みなさん、午後1時からとわかっているので、その前には来ていないのですね。
ゆっくり参拝ができました。お寺さんですと、般若心経を唱えるなどして、時間が過ぎてしまいますが、二礼二拍手一礼となります。
そういえば、私が行った日は、初子の日でしたが、熊手や宝船のおめでたい御朱印もまだあるようでした。
九重神社の御祭神は、素戔嗚尊で、災難除け、家内安全、そして安産の御神徳があります。
安全、安心の神様なのですね。
御祭日は、1月1日の元旦祭、秋季例大祭(10月15日に近い日曜日)があります。
九重神社は、氷川社と元来言って、境内の西に隣接する真言宗の密蔵院の中興の祖が武蔵一宮氷川神社を勧請したころに始まると伝えられています。
明治になってから神仏分離令で別当を離れて、原村の村社になったけれど、領家の神明社、慈林の氷川稲荷合社、藤八の菅原社、吉蔵の八幡社、北谷の稲荷社、花栗の稲荷社、苗塚の稲荷社、小山の氷川社とい近隣の村社八社も合祀され、村社が九社重なった神社ということで、九重神社となったそうです。
太平洋戦争の敗戦によって境内は浮浪者のねぐらになったり、昭和23年には失火により社殿が焼失したりと、困難があったようです。しかし、氏子が再建に励んだおかげで、昭和26年10月15日に現在の社殿を完成させたとのこと。
スダジイの御朱印は、月毎に印影が変わります
こちらが先程から書いている御朱印の種類です。
御神木御朱印はダイヤモンドダスト、雪の花という冬らしいものもありました。
御神木御朱印は、このように冬、安行桜や桜色、萌黄色、秋の黄色い枯れ葉色など変化していきます。
私が行った時は、全8種類で、全部集めると別の御神木御朱印がいただけると聞いたのですが、現在は、九重神社のサイトに書いてありませんでした。
この御神木御朱印のほかにも、キャラクター化された「スダジイ御朱印」もあります。
こちらは、毎月違った御朱印になります。
さて、人気の御朱印を待つ人も多いためか、いろいろと工夫されていました。
私は九重神社のシステムがわかっていなかったのですが、番号が神社内の2箇所に電光掲示板としてどの番号まで御朱印ができているかわかるようになっていました。
私は待っている間、スダジイの御神木など見たりしていたので、いつ呼ばれたのか数字でみてわかるようになっているシステムは、いいなと思いました。
ということで、こちらが先程から何度も書いている、御神木のスダジイです。
見事な大木ですよね。
それでも一部が台風で、折れてしまっているのだとか。
斜めになっている御神木ともう1本ありますね。
樹齢も500年以上ありそうです。
安行で一番高い場所が御嶽山
先程も、社殿の裏に、御嶽山があると書きました。
御神木のすぐそばに立て札がありまして、安行で一番高い場所だという御嶽山へと指し示されていました。
海抜32メートルだそうです。
そうなりますと、行ってみたく(登ってみたく)なります。
行ってみますと、御嶽山と刻まれた石がありました。
軽く登山です。
登ってみますと、晴れた日には、「筑波山」も見えるとして、方向を示す札もありました。
筑波山も、山全体が神社というか、山全体が信仰の対象となる山岳信仰の山ですよね。
それを遠くの川口市内から遥拝できてしまいますね。
頂上には、御嶽山とともに、なぜか「三笠山」と文字が刻まれていました。
特に、冬場はきれいに見えるのでしょうね。
私は筑波山がどれに当たるのか、よくわかりませんでしたが。
社務所の隣に待合室がありまして
九重神社の御朱印は人気だからか、土日などは待つ人も多いのでしょう。
社務所の隣には、待合室がありました。
最初、すだれがかかっていて、御守でも売っている場所かと思ってしまいました。
中に入ってみると、椅子が置いてありまして、寒い時など寒さをしのげるようになっています。
もちろん、暑い日にもここで涼むことができるのでしょう。
そばには、自動販売機もありましたので、コーヒーでも飲みながら御朱印が出来上がるのを待つこともできます。
番号がわかるようになっていることといい、なかなか考えられているなと感じました。
外で行列だと、天候がいい日は気持ちがいいのですが、酷暑の夏や寒冷時には辛いですものね。
境内には、外で座ることができる場所もありました。
その腰掛けることができる場所に、大きな枝が転がっています。
こちらが先程も書いたように、台風で折れた御神木のスダジイの枝の一部だそうです。
平成30年10月のことだったのですね。これからも台風が埼玉県を直撃することもあるでしょうから、大きな木だけに、心配ですね。
みなさんからも人気の御神木御朱印にもなっているスダジイですから、これからも九重神社を見守っていてほしいですね。