のぼうの城で有名な忍城

先日、遺跡などが多い行田市に行ってきました。埼玉県名発祥の地だそうです。さきたま古墳群、はにわの館、忍城、古代蓮の里、石田堤など1日では見切れないほどでしたが、ウォーキングを兼ねて、行田市駅往復を歩いて周りました。

 

まずは、秩父鉄道の行田市駅からです。

行田市駅

ここからウォーキングのスタートです。秩父鉄道ですから、ローカル線といった感じでした。それほど本数が多いわけでもなく、私は知らなかったのですが、パスモもスイカも使えないという路線です。駅前は熊谷駅と比べてしまうと、それほど賑やかとは言えませんが、ウォーキングにはもってこいです。帰りは、バスを使いたくなりましたが(高崎線の吹上駅行きバスを何度か見かけました)、ここまで戻ってきました。

 

晴れた日でしたので、気持ちの良いウォーキング日和でした。さきたま古墳群までの往復やら、他にも立ち寄ったので、10キロほどは歩いたでしょうか。今回は、主に忍城と水城公園をお伝えします。

 

武蔵野銀行行田市

やはり行田市は、歴史ある街だと思います。駅から歩いていると、武蔵野銀行の支店があったのですが、このような歴史ある建物です。このような重厚な建物の銀行はあまり見かけたことがありません。

 

それにしても、昔の建物はけっこう細かいところに気を使っているといいますか、彫刻など見応えあるのですよね。細部に注意ですね。

忍城跡と堀

さて、行田市役所前を歩きまして、たどり着いたのは忍城です。

 

正確には、忍城跡ですね。

忍城

足利成氏の書状には「忍城」の文字があったとのことなので、その頃には築城されていたことがわかるそうです。行田市の地図を見てもらうとわかるように、行田市内は水たまりのように水が多いことがわかります。

 

忍城の周りは利根川や荒川など川が多く、沼地なども多かったようです。堤防もあって、敵から攻めにくい場所だったみたいですよ。忍城の周りも水で囲まれています。

 

「のぼうの城」で有名になるまでは、私は知りませんでした。このような美しいお城だったのですね。

忍城行田市

石田三成が忍城を攻めて水攻めにしたのです。しかし、お城は沈まなかったと。難攻不落の浮き城といわれてたゆえんです。そんなにまでして水攻めにしたのに、その後、堤が切れてしまったそうですよ。三成の築いた堤は石田堤として、今も一部が残っているそうです。しかし、沈まないとか、落ちないということで、受験生には縁起のいいお城です。

 

江戸時代には、家康の四男松平忠吉が忍城に入城して十万石の忍藩となったとのことです。行田市の十万石まんじゅうは知っていたけど、ここから来ていたのですね。

 

今はとてもきれいなのですが、本丸周辺の堀と土塁が復元されるのと同じく御三階櫓が復元したということで、現在見ているのは、復元モノということです。

 

時鐘と紅葉

私は見なかったのですが、郷土博物館の中に、江戸時代の忍城ゆかりの遺品としての時鐘があるそうです。この鐘はもともとはお城の二ノ丸にあって、時の鐘として使われていたものです。
除夜の鐘

私は、忍城の周りを散歩している時に、これがその鐘だと思っていましたらなんと、現物は、郷土博物館に展示されているとのことでした。

現在忍城址の鐘楼につるされた鐘は、平成4年に再造されたものなのだそうで。知らないとはいえ、本物だと思って写真を撮りまくりです。

 

ちょうど紅葉の時だったので、紅葉と時の鐘がマッチしております。
時の鐘

なお、この鐘ですが、大晦日の夜には除夜の鐘として、市内に響くということで、現役ではないですか。どんな鐘の音なのでしょうね。百八つ打つのかしら。

 

水城公園は憩いの場でもあり、釣りの場でもある

川に囲まれた水郷の地であることがよくわかるのが、水城公園です。

水城公園

行田市の地図を眺めると、水色がかなり広がっていて、池というのか、湖としては小さいなと思っていました。水城公園という名前からもわかるように、お城と水です。そもそもは、忍城の外堀だったらしいです。いかに、ここらへんは水で囲まれた地形だったのか。

 

水城公園池

水城公園ということで、公園によくありがちな子どもを遊ばせるような遊具とかは見当たらず、鉄道が走っているわけでもなく、お年寄りの憩いの場、散歩に利用されているようでした。

私が行った時は、釣りをしている人がいました。この広さですから池の周りを何周かするだけでも、お年寄りの健康にはいいですが、夏など子どもを遊ばせる時はどうしているのでしょう?

参考(以前書いた手賀沼公園には、ミニSLあり)。
手賀沼公園にはボートもあれば、列車もある

 

写真を撮ったあと、対面の方向へいきましたら、ホテイアオイがびっしりとありまして、花が咲いたときは見応えあるのでしょうね。

ここまで書いたら、長くなりましたので、行田市の旅は次回に続く、にします。